12/12 読解力 11/11 訪れたい本 10/10 足跡 09/09 めぐりゆく時代 08/08 成長 07/07 夏休み 06/06 数学の女王 05/05 伝えられなかったことを 04/04 ニッポニア・ニッポン 03/03 コンプレックス 02/02 冬の帰り道 01/01 いつもの風景
04/12/12
読解力
義務教育を終えた十五歳,高校一年生を対象とした2003年国際学習到達度調査の結果が先日発表されました。この調査は身につけた知識や技能が,実生活でどのくらい生かせるかを問うことを目的としています。調査は文章や表・グラフなどから正しい情報を読み取る「読解力」,数量的・確率統計的な問題を扱う「数学的応用力」,クローン技術や太陽の光の向きから地球の赤道を考えさせるなどの「科学的応用力」,日常生活には欠かせない実際的な能力を試す「問題解決能力」の四分野について行われました。前回2000年は「読解力」が,今回は「数学的応用力」が,そして次回2006年は「科学的応用力」が調査の主分野とされています。日本の今回の結果で特に問題視されたのは,今回の調査の主分野「数学的応用力」ではなく,「読解力」がどの新聞の社説でも,あるいはマスコミやいくつかのサイトでも取り沙汰されています。
「数学的応用力」と「科学的応用力」の分野では,できる生徒とできない生徒の二極化が進んだようです。この分野が極端に苦手な生徒の割合が,他国と比較すると多いということです。ただ,あくまでも他国との相対的な比較であって,絶対的な評価がまだされていないようです。そんな中,昔に比べると子供たちが大学までの進路を考えるときに,消去法を取るケースが多いことが気になります。得意な分野を生かして,それを大学で学び社会に貢献したい,そういった気概のある生徒が減ってきました。数学が苦手だから文系に行く,英語ができないから理系に逃げる,といった言い訳がましいことをよく耳にします。
今回最も問題視された「読解力」ですが,なぜこれほど取り沙汰されたのでしょうか。読書量の減少,ケータイのメールによる短文化,テレビやゲーム,ネットなどが言語能力の低下に拍車を掛けている,などの論調があります。どれも当たっていることですし,まともな意見だと思います。けれども,「読解力」の低下で最も危惧しなければならないのは,コミュニケーションの取り方が上手にできなくなっているのではないかということです。今の十五歳前後の子供たちは,ほとんどがメールを使って連絡を取り合います。実際,彼らから送られてくるメールはそのほとんどが一行で終わり,とても表現しているとは言えないのです。表現ができないということは,自分の気持ちを相手に伝えるには不十分な結果になってしまいます。また,‘読解力’が無ければ,相手の意志を汲むことも困難でしょう。『英会話ができるためには,まずヒアリングから』と言われます。自分が喋れても,相手の言うことが分からなければ会話にならないのです。それが今回の調査の「読解力」の低下を憂慮する最大の点ではないでしょうか。会話のキャッチボールのしにくい子供が増えていることも,彼らと接する機会の多い現場では感じてます。相手の言葉をよく聞き,相手の立場に立って思いやってあげられることが本当の意味で,実生活に生かせるのではないでしょうか。
04/11/11
訪れたい本
秋になると,いわゆる『読書の秋』にちなんででしょうか,最近の読書量の減少についての特集や記事が新聞で見受けられます。一昔前までは,電車の中でやることといえば,読書かウトウトすることばかりでした。ところがここ数年は,読書に代わってケータイでメールをしているか,ゲームに没頭することの方が多く見受けられます。ウトウトすることは相変わらず減っていないようですが。ほとんどの年代で,確かに読書量は減っているようです。
それはさておき,仲間内ではまだ誰も読んだことのない小説を,誰よりも先にその存在を知り,周りの人たちに拡げていった経験はないでしょうか。読書家の友達でさえ読んでいない作品を見つけ,その小説が自分の周りで認められ,やがて世間一般でも評価に値するようになると,これは一種の快感になります。学生の頃,本の虫のような友人がいました。その読書量は当時知る限りの範疇では最も多かったことを記憶しています。彼の部屋は入り口を除く壁四方のほとんどが本棚になっていて,そこには小説だけではなく,歴史物や紀行,経済や政治あるいは芸術に関す本など,さまざまなジャンルが揃っていました。もっと驚いたことに,彼は読んだ本の内容をほとんど覚えていたのです。読んだばかりの本の話を彼に振ると,ほとんど即座に内容のことはもちろん,批評まで加えて語っていました。そんな彼が「自分の読書の仕方など,木にたとえれば枝の部分しか読んでいない」と言っていたことがありました。彼によれば本当の読書家の読み方は,木の幹のようになっているらしいのです。大学院に進んだ彼の研究室の教授は,毎日生協の書店に寄っては,必ず本を二・三冊は買っていったという噂を聞いたことがありました。そんな彼よりも先に目をつけた小説が奇跡的にありました。一作品だけでしたが。
読書家の人は当然のこととして,あまり本を読まない人でも,愛読書とか心に残る一冊の本もしくは一つの作品を持っているのではないでしょうか。同じ小説でも読むときの年齢や環境によって捉え方が異なったり,一度読んだときには読み落としてしまった新たな発見をすることはよくあることでしょう。深まる秋からやがて冬になり,夜の時間は長くなります。春が来るまでに,一度は読んでしまったけれども,心の中に残っている本をもう一度訪れてみるのはいかがでしょうか。
04/10/10
足跡
勉強をしている時や,何かの作業をしている時,あるいは通勤・通学の車内で何気なくいる時に,ふと新しいアイデアが思い浮かんだり,あるいはそれまでに考え悩んでいた問題に対して,すっきりした答えがひらめいたりした経験は無いでしょうか。学生時代に教わっていた教授が,「授業を教えている時にひらめいた時がつらい」と話していたことを思い出します。教授は自分がその時に研究している課題に対して,学生に教えている最中にそれまでに出てこなかった道筋が浮かんで来たのでした。本当なら授業を中断して研究に向かいたかったようですが,そういう訳にもいかず授業を続けました。その後どうしたかは語りませんでしたが,その「ひらめいた時」を逃すと,取り戻すのは困難だったのではなかったのかと想像できます。新しいアイデアにせよ,研究課題に対するひらめきにせよ,その時にすぐメモにでも残しておかないと,あとになってから意外と思い出せないものです。いわゆる‘ネタ帳’というものがあとで効力を発揮するのです。昔,教育実習に行った時の高校の校長先生は,会議の時はもちろん,常に思いついたことや人から聞いた話をすぐに記せるノートを持ち歩いていると話していました。こういったノートは,その人にとって様々な発想の宝庫になるのでしょう。
ノートであることが大切なのです。メモなど紙片に記す人もいますが,紛失することもあるし,何よりも一冊そういったノートを作っておけば,あとで整理することもできるし,しばらく時間をおいて読み返してみると,自分がその時にどういったことを考えていたのかを振り返ることができるのです。予定表などと一緒に記しておけば,日記ほど本格的なものでなくても,自分の足跡が少しだけかいま見られることもできます。個人的あるいは公的な予定と共に,ひらめいたことや考えていたことがすぐそこにあれば,その時々で何をした時にどんなことを考えていたのかという足跡がしっかりと残るはずです。
引っ越しや部屋の模様替えなどで,押し入れの中を整理していた時に,小学生だった頃のノートを見つけたりすると,幼く頼りない字で勉強をした跡が見られます。気恥ずかしい思いもあるかも知れませんが,そこには今の自分とは違ったもう一つの昔の自分がいるはずです。過去に戻れる瞬間でもあるのですが,今記しているものも,あと十年もしてから見るとやはり過去になります。未来から見れば今は過去で,過去から見ればその逆になります。十年前を想うのか十年後を想うのか。残してきた足跡を辿ってみるのか,これから作っていく道を考えるのか。今の自分がどうあるかによって異なってくるのかも知れません。
04/09/09
めぐりゆく時代
お父さんやお母さんがまだ,中学生や高校生だった頃にはやった曲が,今の時代に新たにリミックスされて,ラジオやテレビから流れてくることがここ数年目立ってきています。いわゆるリバイバルヒットしている曲が多くなったように思えます。その曲が誕生した頃に生まれた歌手が,新たにレコーディングし直して唄っていることもあれば,オリジナルを唄った本人が再び登場することもあります。古い時代を知っている者には懐かしく,その時代を知らない今の子供たちには,リバイバルだとは知らずに,新鮮に聴こえてくることもあるようです。質の良いものは,時間の経過によってその質が劣化することがないのでしょう。
ひところ,日本の音楽はアップテンポな曲が席巻し,‘おじさん’達には受け入れられない時代がしばらく続きました。次第にゆっくりとしたテンポの曲も出始め,いわゆる癒される楽曲が受け入れられるようになりました。親の世代にも子の世代にも,今の閉塞的で先の見えにくい時代に疲れ,歌に対しても癒されることを望んできたのかもしれません。年齢を重ねた世代でも,“いま”という初めての時間を過ごしている子供たちにとっても,どうやってこの時期を過ごしていけばいいのか,そんな不安な気持ちに対して,いくつかの答えを歌詞やメロディーが示してくれたのでしょう。やがて,詞を書く人のメッセージが顕れる曲が多くなってきったのが,ここ数年の傾向のようです。それぞれの生き方 -少し前の時代には‘ライフスタイル’などと呼ばれました- を強調したり,不幸な出来事に対して前向きに進んでいくことが大切なことだと訴える歌詞が増えてきました。でも,こういったことは表現の過激さの違いこそあれ,昔にも見られたことで,ここにも時代は繰り返されているのだと,良い意味で言えるのではないでしょうか。
リバイバルがヒットする分,今の時代には良い曲が少なくなっているのでは無いかと指摘されます。反論する意見もあれば,そういった意見を受け入れる向きもあります。その可否を論じるのは他に委ねるとして,リバイバルされる曲の良さを,世代を超えて楽しめることは,親の世代と子の世代との一つの架け橋になるのは確かなことでしょう。やがて時が過ぎ,子供達が大人になり,自分が親になる頃に,また同じような歴史が繰り返され,今度は彼らの子供達にとって,新鮮な古い楽曲が受け入れられるようになるのでしょう。その時に,彼らは自分の親と同じ曲を共有できたことを思い出すことでしょう。
04/08/08
成長
ヒトの成長の加速度は,生後間もなくの頃から幼児期がもっとも大きいようです。ヒトは生まれると,自分で出来ることが増えていきます。生まれたときは,母親に抱かれるだけの子供が,やがて寝返りが打てるようになり,はいはいをしてベッドから抜け出します。子供の成長を願う母親は,我が子の成長と他の子供の成長を比べ,喜んだり悩んだりすることでしょう。少しでも成長に遅れがあると心配になり,身内や育児仲間に相談したりするのでしょう。
当然のことですが,小学生あるいは中学生になっても成長は進みます。けれども,ある程度の成長がみられと,今度は勉強の出来が気に掛かってくる時間が続きます。人にはそれぞれ理解する早さにも差があって,時としてそれを気に病んで悩んだり,あるいは吸収の早い子供は,意気軒昂になり学習への意欲が増してくるのかもしれません。学期末が来て成績表を渡されると,子供たちは一喜一憂し,親たちはどんな結果であっても気掛かりで仕方が無いものです。学校の成績,つまりは教科の出来不出来については,その時々に自分の出した結果として,ありのままを受け止めることが必要でしょう。良いものは良い。悪かったものは何がいけなかったのかを考えればいいのです。試験はその性質上,どうしても『パン食い競争』的な要素を含みます。制限時間内に解かなければならないので,速く解答を出さなければならないのです。だから,ゆっくりものごとを考える子供にとっては,試験は苦手なのかもしれません。時間を倍掛けてじっくり問題に取り組んでみると,案外理解していたことに気づくこともあります。成長と一緒で,すべて早ければいいというものでもありません。時間に余裕のあるときこそ,そんな勉強法を取り入れるのも成長の一助になることでしょう。
ベッドから抜け出した子供は,立ち上がりやがて歩き始めます。ボタン掛けが出来るようになれば,次第に一人で着替えられたりします。成長の過程を一つひとつ見守っている親にとっては,毎日が新しい一日に感じるのかもしれません。今がまさしくそういった時であるお母さん方も,すでに子供が大きく成長してしまったお母さん方も,そんなふうに子供の成長を見守っている,あるいは見守っていたことを覚えていてください。夏祭りが各地で盛んに催されるこの時期。祭りでは子供に御輿をかつがせて,その成長を願います。威勢のいい子供たちの姿を少し遠くから眺めていると,そのかけ声は耳に心地よく届いてきます。やんちゃな男の子が,御輿の上に立ち,揺れているその場所で上手にバランスをとっている姿を,両親はどこかで見守っていることでしょう。
04/07/07
夏休み
しばらくの間建物の中に居て,もう既に暗くなっている頃だろうと外に出たときに,思いのほか明るかったりすることがあります。夏至が近づくと,これまでに何度となくそんな経験をしたことがあります。東京では,織り姫と彦星が出会えることの少ない七夕が過ぎ,蝉の声が次第に大きくなる頃,子供たちにとっては一年で最も長い休みを迎えます。何かを期待させてくれるような,特別な時間が始まるのです。
小学生のときの夏休み。スタンプを毎日もらうのを楽しみにしていたラジオ体操。いつもより早起きをして捕りに行ったクワガタやカブトムシ。着慣れない浴衣を着て出かけた近所の盆踊り。夏休みの自由課題の題材に苦しんだこと。約束しなくても,毎日のように友達と会えた場所での遊び。かき氷。家の手伝い。迎え火や送り火を炊いたこと。久しぶりに見るいとこの顔。それなりに充実していたのかもしれません。学校では教わることのない,たくさんのことを,真綿のように吸収力のあるしなやかな体が,吸いとって行くのです。誰もが持っている,原体験のようなものが,そこに有ったのでしょう。だからこそ子供たちは,夏休み明けには少しだけ,けれども確かに成長した顔を,いまでも見せてくれるのでしょう。
小学生にとっての夏休みは,おそらく中学生や高校生にとっての夏休みとは異なり,特別なものではないでしょうか。大人は,子供の頃の一日は長く,大人になると時間が経つのが速い,とよく言います。相対的な時間の感じ方の違いによるものでしょう。ただ,子供にとっての夏休みは,成長する意味では貴重な時間ではないでしょうか。実際,これだけ空調設備が整ったいま,その気になれば暑い時期でさえ,学校での授業は行おうと思えば可能でしょう。けれども,子供たちの夏休みの存在自体を否定する人は,ほとんどいないでしょう。それは,暗に夏休みの必要性を感じ取っているのではないでしょうか。学校外での体験という学習による成長が大切なのです。夏休みはまた,家族と過ごす時間もたくさん作れます。学校生活のある普段とは違った時間帯で,子供たちと触れあうことによって,子供の別の側面を見ることもできるでしょう。新たにやってくる今年の夏休み。子供たちにどんな成長が見られるのでしょうか。
04/06/06
数学の女王
数学という学問が他の学問と一線を画するものとして,論理の完璧性がその一つとして挙げられます。一旦提唱された定理は,その正しさが論証され確立されたあとでは,永久に崩されることはありません。他の科学的学問では,昔正しかった理論や常識が,いまでは覆されているものも多数あります。古代ギリシャにおける元素に関する認識では,元素は水・空気・火・土という四元素説が唱えられていました。水以外は元素から遠く離れていますし,水も水素と酸素という二種類の元素からなる化合物です。ましてや,古代においての水とは,おそらく河川や海の水を指したのではないでしょうか。天動説が正しくないことなど,いまの小学生ですら常識ですが,地動説が認められるまでには,コペルニクスやガリレオなどの科学者が辛酸をなめさせられ,彼らの死後300年以上という長い年月が必要だったのです。
では,数学という学問はすべてにおいて完璧といえるのかというと,そうではありません。完璧性と似たような言葉に完全性というものがあります。ただ,数学あるいは論理学における完全性は,学問として定義されています。けれども,学問としての完璧性という言葉は,はっきりと定義されていないようです。ただ,ここでは,そういった難しいことを論ずるのではなく,「一度証明された定理は覆されることがない」と,完璧性を定義します。さて,完璧であるはずの数学ですが,その数学をもってしても解けていない問題があります。10年ほど前に解決した問題に,フェルマーの定理があります。『nが2より大きい自然数ならば,xn+yn=znとなる整数x,y,zの組は存在しない』という定理です。n=2ならば,有名な三平方(ピタゴラス)の定理になります。フェルマーの定理は350年もの間,多くの数学者が解法を研究したのですが,決定的な解は長い間得られませんでした。
完全数の問題というのがあります。完全数とはその数以外の約数の和がその数自身になる数をいいます。最も小さい完全数は6です。6の約数は1と2と3と6があり,6を除く約数の和は6になります。6の次の完全数は28,その次は496です。完全数に関する未解決の問題に,奇数の完全数の存在があります。現在分かっている完全数は偶数のみで,奇数の完全数は発見されていません。もし,奇数の完全数がないのなら,存在しない証明が必要になります。こうした整数に関する問題は,内容の理解が中学生でもできるところがいいところです。問題に取り組もうとすることもできるのです。
高校に進学したとき,最初に学ぶ数学といえば,因数分解や平方根の計算,あるいは二次関数など中学校の延長の勉強になりがちです。整数に関する問題を,中学卒業程度の数学で取り組むのは,数学力を伸ばすばかりでなく,数学に興味をもつキッカケにもなります。ドイツの数学者ガウスは「数学は科学の女王,数論は数学の女王である」という言葉を残しています。女王の中の女王に触れる機会を作ってみるのはいかがでしょうか。
04/05/05
伝えられなかったこと
その女の子はいつも一人でいました。同年代の友達と一緒にいるところを見たこともなく,思い起こしてもただの一度でさえ笑顔を見たことがなかったのです。登校拒否はしていませんでした。学校には何とか通っていた,そんな状態が続いていました。塾に通うことは,拒まないまでも時として,不安定な中学三年生を見守るしかない時間が続きました。
その子は二人の先生に教わっていました。一人の先生の授業には,親に言われてなのか,決められた日に受けに来ていました。時間通りに来なく,何度も先生が待っている姿も見ました。実際に来たところで,その半分以上は授業になりませんでした。「どうしたら心を開いてくれるのでしょうか」と何度となく専任の先生と相談をしていました。でも,彼女がその先生に心を開くことは決してありませんでした。それは明らかな事実でした。もう一人の先生には,見た目には馴染んでいたように見えました。授業ではほんの少しだけれども,学校のことや友達のことを話していました。笑顔を見せてくれればと,教えていた先生は期待をしていたようでした。けれども,その女の子は笑いませんでした。偶然にも,学校の同級生が彼女のことについて話しているのを聞きました。話の内容からすると,学校でも孤立しているようで,友達は居ないようでした。ある日のこと,担当していた一人の先生の授業の時に彼女はそっとこうもらしました。「あの先生の前でいい子の振りをするのは辛い」と。学校でも学校の外でも心を開くことのできない状態がずっと続き,どこかに自分のことを話すことのできる場所を求めていたのかもしれません。けれども,当時その場所を見つけることはできなかったようです。高校受験を前に,その子はある日突然塾をやめてしまいました。それっきりですべては終わり,二度と彼女の姿を見ることはありませんでした。いったい,いつ頃から彼女は友達やまわりとの間に壁を作ってしまったのか,家庭の状況はどうなっているのか,そんなことにさえ触れる術もないままでした。
もう,十数年前のことです。その生徒も既に三十を超え,もしかしたら母親になっているかもしれません。今なら何とかしてあげられるかもしれない,と思うのは傲りでしょう。でも,あのときに話したかったことをもう少し素直に伝えたり,聞いてあげられなかったことに耳を傾けられる余裕を,今ならしてあげられることも事実です。彼女と接した時間や,苦しんでいたその姿に対して,そうしてあげることがほんの少しでも救いになると考えたいのです。これからのために。
04/04/04
ニッポニア・ニッポン
純国産として生存していた最後のトキ「キン」は,2003年10月10日に死亡しました。全身の羽毛が朱鷺(トキ)色で覆われ,黒いくちばしと羽毛のない紅色の顔をした美しい鳥,それがトキです。日本のトキは生態学的には1981年に絶滅したと考えられています。種の保存に必要な最小個体数は三十と言われているのですから,それよりももっと前に絶滅の危機に瀕していたと考えられます。全鳥捕獲により,トキの延命を試みたのですが,純国産のトキの希望は絶たれてしまった形となりました。自然繁殖か全鳥捕獲かで議論が揺れた時代もありました。自然繁殖を選んでいれば生き残ったのかもしれませんが,今となってはそれも過ぎてしまったことです。日本のトキは,最後のネグラとして自然環境の厳しい佐渡島を選びました。そうなってしまった要因は,いくつも考えられますが,人間が追いやってしまったこともその一因として挙げられます。
同じ鳥でも,食用としての鳥はここ数ヶ月,世間を騒がしています。鳥の伝染病は,鳥が国境も海も関係なく移動できるという性質上,瞬く間に広がっていきました。その伝播の仕方は飼育されている鳥だけでなく,カラスなど野鳥にもおよんでいます。鳥だけではなく,狂牛病による日本の外食産業への打撃もかなりのものになっています。狂牛病は牛に肉骨粉を飼料として与えたことが原因でないかと言われています。自然界ではあり得ない飼料を,人間の勝手な都合で食べさせたことによります。鳥インフルエンザや狂牛病といった現象は,食用とされる動物たちの人間への反逆が顕れたのかもしれません。鳥や牛だけではありません。米や野菜,果物など大量の農薬が使われている作物の,人間の体に与える害は誰もが認めることです。それでも,八百屋では曲がったキュウリは売れないか安く出荷され,きれいなものを私たちは求めてしまいます。本当に安全で良心的なものの方が,手に入れにくい時代になりました。これから食に携わる職業に就く,今の子供たちには,そういったことに取り組めるようになって欲しいものです。『今』を作ってしまった私たち大人には,そうなってしまったことを認めた上で,子供たちに正しい食のあり方を教えていく義務があると思います。
中国ではまだ,トキは種の存続が危ぶまれるまで,その数は減ってはいません。けれども,十分な数とも言えません。その中国からトキをもらい,日本でのトキを復活させようとしています。純国産のトキは絶滅してしまいましたが,日本で生まれたトキが,その後繁殖しその子孫が日本で繋がれていけば,そこから新たな日本のトキが始まるのではないでしょうか。ニッポニア・ニッポンという学名をもつトキ。日本を象徴するような名前に違わないように,その美しい鳥が戻ってくる日を待ちたいと思います。
04/03/03
コンプレックス
わが国の出生率が1.5を切り,少子化の勢いはますます加速しているようです。最近では1.32まで低下してしまいました。現在の人口を将来にわたって維持するために必要な出生率は2.08と推計されています。その数字まで回復することはとうてい望めませんが,こういった数字は常に減少し続けるものではなく,ある時期を境に徐々にでも回復することでしょう。
別の見方をすれば,出生率が1.0を切っていないということは,兄弟や姉妹を持つ子供たちがいると言えます。生まれくる子供にとって,家族はもっとも小さなしかし基本となる社会です。それも最初に接する小さな社会です。そして,兄や姉のいる子供にとって,その存在は親とは異なった,血のつながりのある最初にできる“友達”にもなります。その“友達”に対して,成長とともに徐々に絶対的な年の差を感じるような時期を過ごします。体力的な違いは当然のこととして,様々な場面でみられる能力差は,特に年齢が低いときにはどうしても超えられない壁になります。やがて“友達”は,ライバルという存在にもなります。それも,しばらくの間は太刀打ちのできないライバルになるのです。でも,それは兄や姉が自分よりも先に生まれたという認識があるからこそ,その社会の仕組みを,ありのままに受け止めることができるのです。やがて成長とともに自我が形成され,兄や姉に劣ることに対しての感情が芽生えてきます。こういった種のコンプレックスは,子供の成長のためには必要なものと考えられます。質の良いコンプレックスは,子供が成長するためのエネルギーになることでしょう。
中学生や高校生にとって,学校の成績は生活の中で重要な位置を占めています。兄や姉のいる弟や妹は,いくつもの場面で比較されることでしょう。比較のされ方が,子供にとって受け止めやすいものなら良い効果をもたらすでしょう。けれども,その方法を間違ってしまうと,強いコンプレックスを生み,やがてプレッシャーとなり,ストレスを感じることにもなりかねません。年齢の経過にしたがって,この現象が逆転することだってあります。つまり,兄や姉が弟や妹に対してコンプレックスを感じてしまう現象です。そういった種類のコンプレックスを抱えながら,はたして子供たちは自分が最初に得た小さな社会の中 -父親や母親- に,どれくらい救いを求めるのでしょうか。あるいは,今の自分の居場所である学校という社会の中 -そのほとんどが同年代である友達でしょう- により所を求めるのかもしれません。人間は自浄本能を兼ね備えています。過剰な助けは必要がないと捉えることも必要でしょう。彼らが最初に関わった基本単位の社会の先輩として,見守ってあげてみてはいかがでしょうか。
04/02/02
冬の帰り道
昨年の秋に出た長期予報では,今シーズンの冬は暖冬になりそうな,そんな予報だったと記憶しています。予報の当たりはずれはさておき,厳しい寒さが続いていることは事実です。寒さを感じるのと比例するかのように,夜空にちりばめられた星々の輝きは,さらに増しているように思えます。
九州の宮崎県に高千穂という町があります。延岡から高千穂鉄道で西北西の方向に向かって一時間と少々のところに位置します。電車は五ヶ瀬川(ごかせがわ)と何度か交錯するように,進んでいきます。電車から眼下にある川を見ると,線路が川の真上に突き出ているのではないかと思うほど,電車と川が一体化しています。高千穂に至るまでの駅名も,曽木(そき),早日渡(はやひと),吾味(ごみ),影待(かげまち)など,なかなか趣深いものがあります。そして,終点の高千穂に到着します。神話の里と言われる高千穂は,その地名も「天孫降臨(てんそんこうりん)」という神話に基づいているとされています。さて高千穂駅を降りると,そこは周りより少し小高い位置にあります。そこから街に向かうには,やや急な坂を下っていきます。下りながらふと夜空を見上げたとき,思わずしゃがみ込んでしまいました。圧倒されるほどの星たちが,夜空いっぱいに広がっていたからです。東京では決して目にすることのないその空は,感動を通り越して,その場でしばらく佇むしかなかったのです。
もう,二十年以上も前のことですが,そんな思い出があります。高千穂というと,天野岩戸や高千穂峡など見所がいっぱいなのですが,いま最も鮮明に残っている記憶が,初めて高千穂の地に足を下ろしたときのことになります。その年も寒い冬で,九州では珍しく積雪が見られた年でした。高千穂駅を降りて,なぜふと空を見上げたのかはいまとなっては分かりませんが,見上げたのも事実です。寒い冬の帰り道,同じ季節に出会った,昔の時間といまの時間に,どこか同じにおいを感じなれないだろうかと試みながら,家路へと向かいました。空を見上げると,高千穂で見た夜空とは比べものにならないほど,弱々しい星の輝きがそこにはあります。それでも,冬の夜空は他のどの季節よりも輝き,新月の夜には少しだけ期待をしてしまいます。
04/01/01
いつもの風景
普段生活をしている中で,見慣れている風景があります。それは,一人ひとりそれぞれが見ている異なる風景です。学生なら学校の生活を中心とした,通学路の風景や教室の風景,部活や放課後の風景などがあります。学校が終われば家に帰り,そこには家族の風景があります。働いている人や,家庭をあずかっているお母さんたちにも,毎日少しずつ変化する風景を見ていることでしょう。
町並みや自然の風景というものは,昨日と今日とではほとんど変化しないでしょう。こういったものたちは,長い時間を掛けて少しずつ,気付かぬうちにいつの間にか変化していくことの方が多いのです。それまでにあったはずのビルが,ある日なくなっていることに気付き,いったいそれまでそこに何があったのだろうかと感じることが時にあります。日が短くなるのも毎日のことのはずなのですが,ある日突然外に出て初めて夜がやってくるのが早いことを思い知らされることもあります。
風景の中心にあるものには,同級生や先生,親や兄弟その他さまざまな人たちが含まれています。変化する風景の要素の中でも,確実に毎日のように会う人々の状態は変化していきます。それは,その風景を見ているはずの自分自身も同様でしょう。通学途中で会う同級生は,陽気に話をしてくれることもあれば,時には機嫌が悪そうなこともあるでしょう。昨日までは気が合わなかったのに,何かのキッカケで相手のいい面が見えて来ることもあるでしょう。
こうして毎日見ている風景の中に,ただ一つ姿が見えないものがあります。それは自分自身です。旅行や何かのイベントがあったときに撮った写真の中には確かに自分の姿があります。友達や仲間と楽しそうに話していたり,ゲームに興じたりする自分の姿を目にすることができます。ただし,リアルタイムではなく,すべて過去に起こったことです。あるミュージシャンが,自分のコンサートを会場から見てみたい,と言っていたことがありました。もし,可能ならば,普段の生活の中で自分を含めた風景を見てみたいのですが,それはどうにも不可能なことでしょう。それならば,俯瞰的なものの見方でその時その時を見られるようになれれば,新たな風景が広がることでしょう。